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旭川地方裁判所 昭和31年(ワ)276号 判決

原告 岡山睦義 外一名

被告 国

訴訟代理人 宇佐美初男 外四名

主文

1、被告は原告等各自に対し金十八万二千九百二十三円及び之に対する昭和三一年七月二七日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2、原告等のその余の請求を各棄却する。

3、訴訟費用は四分しその三を原告等の負担、その一を被告の負担とする。

4、本制決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

1、原告等訴訟代理人は「被告は原告等各自に対し、金百四十一万八千四百二十四円及び之に対する昭和三十一年七月二十七日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として

(一)  原告等の長男訴外岡山敏行は、昭和二十九年三月十三日午後四時五十分頃旭川市花咲町五丁目の一級国道を歩行中被告国の機関である保安隊の旭川保安隊北部地方通信所旭川支部隊員三等保安士補山上一男が任務中運転する右保安隊所属キヤリヤー(車検番号〇五ー五二六五号)に左側前後両車輪で腹部を轢かれ外傷性腹腔内出血の傷害を蒙り同日午後六時十五分死亡した。

(二)  右事故発生は前記山上一男の過失に基くものである。即ち当時、

(イ)  訴外岡山敏行は前記国道の西側に敷設してある電車軌道沿いに軌道から二米程の距離を保つて六号の方から大町え向つて歩いていた。

(ロ)  前記キヤリヤーを運転していた三等保安士補山上一男は当日その所属隊のスキー訓練に参加し上川郡神居町伊の沢スキー場での訓練を終え同スキー場から右キヤリヤーに同僚四名を乗せ之を運転して前記国道を旭川市一線六号方面に向つて時速三十粁乃至四十粁の高速度で疾走し、そして同市花咲町五丁目に差懸つた時、その六百前方から訴外岡山敏行が対向方向から歩いて来るのを見知つていた。

(ハ)  右の様に訴外岡山敏行と前記山上一男運転のキヤリヤーは対向方向より通行して来たが、その行き交う際山上一男はキヤリヤーを右訴外岡山敏行に衝き当て轢き倒し、之に右大腿部骨折脱臼、背柱骨折の傷害を負わせた外、前記の様に腹腔内出血を惹起させて死亡させた。

(ニ)  事故発生場所附近では、訴外岡山敏行、前記キヤリヤー、及び道路外の前記電車軌道上をキヤリヤーと同一方向にキヤリヤーと並行して走つていた市街電車の外には、車馬の通行がなく国道(電車軌道を除く)は有効幅員約十一米で路面は一面に除雪された直線道路であり、視界を遮る物は何もなかつた。

(ホ)  自動車運転者としては常に通行人の態度に注意し、如何なる危害をも防止し得るよう又何時にでも減速停車し得るよう万全の措置を調え置くべき注意義務がある。然るに山上一男は前記の様に時速三十粁乃至四十粁の高速度で、而もキヤリヤーと並行して走つていた前記市街電車の乗客に気をとられ、之と所謂ふざけた交歓を為しつゝ傍見運転をしていたので対向方向から来る訴外岡山敏行に対する注意を怠り、その結果、右訴外人にキヤリヤーを衛き当てて了つたのである。

(三)(イ)  三等保安士補山上一男は昭和二十五年十月二日旭川保安隊に入隊し、保安隊北部地方通信所旭川支部に勤務し、当時右支部において配車並びに自動車運転を任務として居た者であり、前記事故惹起の際もその任務に従い隊員のスキー訓練の為その運送の任務遂行中であつた。

(ロ)  従つて、国の公権力行使に当る国の被用者なる公務員、三等保安士補山上一男が職務執行中過失によつて違法に他人に害を加えたものであるから、国は国家賠償法第一条の規定により若しくは民法第七一五条の規定によりその惹起した損害を賠償すべき義務がある。

(四)  訴外岡山執行は原告等の長男であつて原告等の子女八人の内たゞ一人の男児であり長兄であつた。同訴外人は昭和五年五月二十四日生れで死亡当時は二十三年十月の前途ある青年であつた。同人は向学心強く原告等も右訴外人の将来に大きな希望をかけ、豊かでない生計の中から遠く同人を旭川市に遊学させた。同人は旭川工業学校を昭和二十四年三月卒業後直ちに同市の国策パルプ工業株式会社旭川工場に入社し研究課試験掛員の職につき爾来五年間精勤し、死亡当時月額一万七千四百三四円を得るまでになり、原告等に漸く将来における生活安定を確保したものとして喜んでいたものである。その矢庭前記の通り意外の事故により不慮の死を致し一時にその光明を失い、原告等の悲しみは特に深いのである。原告等の此の精神上の苦痛を当然国において慰藉すべきであり、その慰藉料の額は原告等各自に対し金二十五万円を相当とする。

(五)  岡山敏行の生前における給料は月額一万七千四百三十四円であつた。その他賞与、手当等を加えると収入は年額二十五万円を下らない。又同人において天寿を全うし得たとして年給料収入の増加が期待されるので同人の余命を昭和二十九年七月日本政府厚生省発表の第九回生命表によると同人の場合は今後四十二年余生存し得るものと認められる。そのうち稼働可能年令を六十才までとすると此の間の給料は平均月額二万五千円、年額三十万円を取得するものと推定出来る。右収入の四割相当を必須生活費として控除し稼働可能年数三十七年に応じて計算すると純利益は六百六十六万円となり、此の将来の収入をホフマン式計算法によつて現在高に換算すると二百三十三万六千八百四十八円(其の余放棄)となる。訴外人は右金額相当の取得し得べき利益を失い同等額の損害を蒙つた。被告は右損害を賠償する義務がある。而して同訴外人の直系尊属たる原告等は右訴外人の権利を平等の割合で相続するから、右損害賠償請求権を二分の一宛承継した。よつて原告等各自は金百十六万八千四百二十四円宛の請求権を被告に対して有する。

(六)  そこで原告等各自に対し合計金百四十一万八千四百二十四円及び之に対する本件訴状の被告に送達の日の翌日以降年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ

被告の反対主張を否認した。

2、被告代理人は答弁として、「原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、

原告等の請求原因事実中、(一)、(二)の(イ)、(ロ)、(ニ)、(三)の(イ)並びに(四)のうち訴外岡山が死亡当時国際パルプ工業株式会社旭川工場の試験掛員であつた事実は認める。但し事故発生当時キヤリヤーの速度は時速十六粁であつた。又その余の事実は争う。

と述べ、反対主張として、

(一)  本件事故は訴外山上一男の過失によるものではない。即ち山上一男は本件国道を一線六号方向に向つてキヤリヤーを運転進行中約七百乃至八百米前方右側(キヤリヤーの進行方向について言う)をキヤリヤーに対向して歩行して来る訴外岡山敏行を発見し、更に同訴外人がキヤリヤーの前方約数十米の附近で方向を変えたのに注目しつゝキヤリヤーの左前方約五米の地点で同訴外人と視線を合わしたのであるが同訴外人は盲目等身体障害者でも幼年者でもなく、又キヤリヤーの進路に入つて来る様な様子も認められず、且つキヤリヤーとの間隔がキヤリヤーの左端より約二米の位置を歩行していたものであつたから山上は相互に接触の危険もなく又相互に避譲し得る余裕が十分にあり、此の侭の状態で運行しても何等の危害も生ずることなく通過し得るものと判断し、時速十六粁の低速度のまゝ進行した。然るに、訴外岡山はキヤリヤーと擦違わんとするや突如両手を水平にあげ横俯向の姿勢で自らキヤリヤーの左車輪の前方に転倒して来たため、山上は突嗟にフートブレーキをかけ急停車の措置をとつたが遂に及ばずキヤリヤーの左側前後輪にて訴外岡山の腹部附近を轢くに至つたものである。之によれば本件事故は通常の自動車運転者として予見可能の範囲を超えた事故であり、山上一男としては通常の自動車運転の遵守すべき義務を懈怠したとの非難を受ける点はないのである。

(二)  三等保安士補山上一男の行為につき国は国家賠償法の規定による責を負うものではない。即ち公権力の行使と言い得る為には当該行為が国家統治権に基く支配権又は之と同視すべき権力作用として優越的意思主体として之を受忍すべき義務を負う者に対してのみ発動されるものと解すべきところ旧保安隊の演習又は訓練行為は当該行政庁本来の使命である命令出動又は要請出勤時における行動の完全を期すため、隊員の日常業務として行われる公活動に過ぎず、その支配統制の権限も、特別権力関係に基き部隊の構成員に対して為される対内的統制であつて、対外的には何等の権力行使もなく、一般私人に対し之が受忍を強いる関係も生じない。

よつて保安隊の訓練の帰途にあつた三等保安士補山上のキヤリヤー運転行為は公権力の行使と言い得ないから、同人の行為につき国は国家賠優法による責任を負うものではない。

と述べた。

立  証〈省略〉

理由

1、原告等の請求原因事実(一)は当事者間に争がない。

右の様に三等保安士補山上一男がその運転するキヤリヤーで訴外岡山敏行を轢いたのが、右山上一男の過失によるものか否かが争点である。そこで右事故発生の際の事情について検討する。

2、原告の請求原因事実(二)の(イ)、(ロ)(但し事故当時のキヤリヤーの速度の点は除く)、(二)は当事者間に争がなく、更に検証の結果、証人山上一男(二回)、同大城数雄、同石山正敏、同寒風沢栄子、同桜田祐己、同菊地養次郎、同五十嵐博、同平出源太郎の各供述成立に争のない甲第四号証の一、二、乙第二号証の一、二、乙第三号証の一、二、乙第六号証、乙第七号証の一乃至四、乙第十一号証(いずれも後記認定に反する部分は除く)によれば左の事実を認められる。

〈1〉  事故発生現場は、旭川市花咲町一丁目北海道神社前十字路より一線六号東鷹栖村方面に南北に通ずる一級国道を自衛隊北部総監部正門前より約三百米の北電鷹栖幹線二四号電柱附近であり、当時同国道西側端になる旭川市街軌道株式会社の電車レール(巾員約一米)が敷設してあり、内側のレールより約四米五十糎道路中央によつた地点が本件キヤリヤーが訴外岡山敏行を轢いた地点である。

〈2〉  本件のキヤリヤーは一線六号方面に向つてキヤリヤーより先行する旭川市街軌道株式会社の電車と事故現場の約九十米手前なる北電鷹栖幹線二二号電柱附近で追いつき爾後事故現場まで電車と約五米位の間隔をとつた位置を電車と併行乃至少しく遅れて進行した。此の際のキヤリヤーの速度は時速は約十マイル即ち約十五乃至十六粁であつた。

〈3〉  右電車は車体がレールより約六十糎左右に突出ているので事故現場でキヤリヤーと電車車体との間隔は約四米のものである。

〈4〉  訴外岡山は右電車や本件キヤリヤーと対向方向から歩いてきたものであるが、電車及び本件キヤリヤーに接近するに従い約四十乃至五十米手前で道路東側より西側に斜めに移り、電車レールより約二米道路中央寄りをレールに沿つて歩行し、結局電車とキヤリヤーの間に挾まれる位置に入つて来た。而して右訴外人は同訴外人の右側にて電車と前記二四号電柱附近で擦れ違い、続いて当時電車よりやゝ後れて走つていた本件キヤリヤーと同訴外人の左側にて擦れ違ふ順序であつた。そして此の過程に於いてキヤリヤーと擦れ違ふ際本件事故となつた。

〈5〉  事故当時午後四時五十分頃で外界は明るく右電車もキヤリヤーも前照灯を点りないで進行しており、それで前方の見透しに支障を来すものではなかつた。又当時本件国道は雪に蔽われていたが開発局のブルトーザにより平坦に除雪されていたものであり、電車軌道と一般の人車馬の歩行道路との境にはブルトーザで除雪し切れぬ雪の堆積がレールに沿つて存していたであろうと推測されないわけではないが、その様な堆積があつたとしても、それは目立つ程のものではなく、他の路面と格段の高低のあるものではなかつた。

〈6〉  当時キヤリヤーは車輪に滑止のチエーンをしていた。

〈7〉  訴外岡山はオーバーを着用し俯向いて何か考え事をしている様なふらふらとした頼りない様な歩き振りであり、キヤリヤーと略併進していた前記電車の運転者大城数雄もその歩き振りに不審を抱いて特に着目した程であつた。

〈8〉  山上一男はキヤリヤーを運転して前記二二号電柱で先行していた電車に追いついて以後キヤリヤーを電車に略併行させて定らせていたものであるが、キヤリヤーの最高速度は時速六十マイル出るものであり一方電車は旧型のものであるので停留所を二、三個所停めないで加速させても二十二粁が限度であつたから両者の可能速度には大いなる相違があり、従つてキヤリヤーを運転する山上一男としては電車を追い越すことは容易であつた。ところが右事故現場迄キヤリヤーは電車を追い越して前に出ることなく、電車と並ぶか乃至は電車よりやゝ後れた位置をとつて走つていた。而も山上一男は右電軍に追いついて後、助手台に同乗の桜田祐己と話を交わしつゝ電車の前昇降口の附近にいた寒風沢栄子堅木真基子等の女客の方を見て笑つたりして事故現場附近前までその様な態度であつた。従つて山上一男としては右電車恐らく右電車の乗客に特別な関心を怠かれて電車に追従乃至併進していたものではないかというふ疑を拭い切れない。右認定に反する前掲証拠中の部分及び証人加清治、原告本人岡山睦義の供述は措信せず、他に右認定を覆す証拠はない。

以上の全事実を綜合すると訴外岡山は道路の東側より西側に移つて後は電車の内側のレールより約二米道路中央によつた附近を電車線路に沿つて、電車及びキヤリヤーと対向歩行していたものであるから事故現場では更に約二米余道路中央寄わに位置を移していわばキヤリヤーの進路に入つたことになるが、如何なる経緯で従来の歩行線を外してキヤリヤーの進路に入つたものかは必ずしも明らかではない。証人山上一男、同伊藤養次郎、同桜田祐己の各供述、及び乙第六号証中の石垣幸雄の供述記載はいずれも訴外岡山がキヤリヤーと擦れ違ふ直前においてキヤリヤーの進路に故意に飛込んで来たものゝ如く一致して供述しているが、いずれも当時事故の直接当事者である山上と同じく保安隊員であつたこと、その供述書は如何にも本件事故が訴外岡山の自殺である如く脚色した疑を拭い難いこと、事故当時キヤリヤーより僅か先行していた電車の乗務員や乗客のうち本件を訴外岡山の自殺だとしている者は誰一人いないこと、証人寒風沢栄子の供述、乙第六号証中の寒風沢栄子、堅木真基子の各供述記載に照らすときはいずれも輙く措信し得ないものと考えられる。勿論、証人門間与吉、同斉藤義寛、同油井英雄、同小林庄吉の各供述、証人油井の供述により成立を認め得る乙四号証の一、二によれば訴外人岡山敏行の平素の行状、病症、当日の行動状況等より同訴外人が衝動的行動に出る可能性を認め得ないわけではないけれども、本件の場合同訴外人が自殺の意図でキヤリヤーの進路に飛込んで来たものとは遽に認め得ないところであり、前記#7の事実及び証人寒風沢栄子の供述、乙第六号証中の同女の供述記載により、訴外岡山はキヤリヤーの進路にふらふらと入り込んだものと認めるのが相当である。その入り込んだ地点とキヤリヤーの頭部との距離の関係については、乙第六号証中の山上一男の弁疏の要約にも明らかな様に、山上は、訴外岡山がキヤリヤーの進路に入つて来たことをキヤリヤーの直前にて認めて急遽ブレーキをかけたものであるから、訴外岡山はキヤリヤー直前にてキヤリヤーの進路内に入つたのであつたかも知れない。然し飜つて考えるに、自動車運転者たる者は、自動車を操縦するに当つては常に其進路前方を警戒し、苟も自動車の運転に伴い生ずることあるべき危険を未然に防止するに付、細心の注意を要することはその業務上の当然の義務である。されば本件の様にキヤリヤーと電車が略併進する場合、前方より対向して来る歩行者がキヤリヤーと電車の接近に従つて通常の歩行者の常識に反し却つてキヤリヤーと電車の間に入る様な進路をとり、而もキヤリヤーと電車車体の間は約四米でブルドーザによる除雪の跡とは言え、路面は雪に蔽われていて完全に安定した歩行路とは言い難いものである上、その歩行者は何か考え事をしているらしくふらふらとした頼りない歩き方をしていたものであるから、右歩行者以外に注意を向ける対象のない自動車運転車としては十分右歩行者の挙措、行動を警戒注目し、その進路変更の異常やその歩き振りの異常等に気付き、同歩行者が場合により電車と擦れ違つた反動でキヤリヤー側に身を転じたり、或いは考え事にとらわれてキヤリヤーの進行に意を用いない等のことにより不測の事態を惹起し兼ねないことに思を致し、右歩行者の注意を喚起すべく警音器を吹鳴し、若しくは除行し、若しくは道路右側に迂回すする等の方法を講ずることは、本件の様な場合、期待することが無理で、あるとは言い難いところであろうと思われる。そして右の様な措置を講じた場合本件の様な致死という重大事故は防止し得えたかも知れない。然るに山上は、当時略併進していた電車の乗客の方を見たりしていたためか、対向方向から来る歩行者について細心の注意を払うことをなおざりにした嫌いがあるのをどうしても否定し難いのであり、その結果右の様な予見し得且つ予見すべき危険に対処する事故防止や借置を執らず、よつて本件事故となつたものと認められる。然らば本件事故発生につき山上一男に過失があつたものと為すべきである。

3、ところで、前記の様に訴外岡山敏行は本件キヤリヤーや電車と対向歩行しながら、之と接近するに従つて歩行者の常識に反し両車の間に入る進路をとつた。それでもまだキヤリヤーとの間隔約二米の線を歩行していたのであるから、更に、同訴外人において特別な行動をとらない限りキヤリヤーとの衝突に遭わないで済んだ筈であつた。にも拘らずキヤリヤーの進路に入り込み、よつてキヤリヤーに轢過されたものであるから、同訴外人において歩行者として当然期待される注意を甚だしく欠いたものと認めざるを得ない。而して前認定の全事情に照らし右訴外人の過失は本件事故発生に関しては、前記山上一男の過失に比しより大きな原因になつているものと認められ、本件損害額算定に当つては、その額を被害者無過失の場合の三割の程度に止めるを相当とする。

4、原告の請求原因事実(三)の(イ)は当事者間に争がない。而して保安隊は保安庁法の制定と共に従来の警察予備隊が改称されたものである経緯と保安庁法の規定に照らし、本来国家警察権に準ずる国の公権力行使に当る機関であり、その隊員なる三等保安士補山上一男が隊員のスキー訓練の為めその輸送の任務を行うことの如きは、即ち右の様な公権力行使に密接する一作用と解すべきである。されば三等保安士補山上一男が右隊員輸送を行うにつき過失により前記訴外岡山敏行及びその直系尊族である原告等に蒙らせた損害あらば、それは国家賠償法第一条の規定により国において賠償すべきでみる。此の点に関する被告の反対主張(二)は賛成出来ない。

5、訴外岡山敏行が山上一男の過失行為より蒙つた損害額を当事者の一致した陳述、成立に争のない甲第一号証、証人小林庄吉の供述により成立を認め得る甲第三号証、証人小林庄吉、同油井英雄の各供述を綜合し次の様に算定する。訴外岡山敏行は昭和五年五月二十四日生れであり、死亡した当時は満二十三年九月であり、死亡当時旭川市の国策パルプ工場に勤務していたものであるが、その収入月額は約一万一千円であつた(甲第三号証の昭和二十九年三月分の支給額は本来の賃金の外に焼料手当等が含まれているものであるから採用しない。従つて甲第三号証の昭和二十九年二月分支給額中より当然消費されるべきものと推定される燃料手当、通勤手当を除外して算出した)。同人の場合平均余命は第九回生命表によれば四十三年余存するが国策パルプ工業株式会社の定年五十五年まで勤続し得たとしてその場合累年昇給して定年退職時は月額二万五千円の収入となるものと認められるから、その間の賞与、諸手当を含めた平均月額収入を二万円とし経験上収入の七割を必須生活費に要するものと判定しこれを控除した上、定年退職迄の稼動可能年数三十二年に応じて計算すると純利益は二百三十万四千円となり、結局同訴外人は本件事故により二百三十万四千円の利益を失つたと認められる。而して前記3、記載の様に同訴外人に過失が存したので過失相殺によりその三割を損害額と為すべく、且つ之は将来の収入であるからホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して現在即時取得するものとしての額に換算すると二十六万五千八百四十六円となる。右甲第一号証によれば右訴外岡山敏行の損害賠償請求権は直系尊族なる原告等において平等の割合で共同相続したものと認められるから、原告等は各自国に対し十三万二千九百二十三円宛請求し得べきものとする。

6、当事者の一致した陳述前記甲第一号証、証人鎌田義栄、同岡山京子、原告本人岡山睦義の各供述を綜合すると原告請求原因事実(四)(但し訴外岡山敏行の勤務状況慰藉料の額を除く。又死亡当時の訴外岡山敏行の給料の月額は前記認定の通)を認めるに難くない。此の事実と証人斉藤義寛、同小林庄吉、同油井英雄の各供述及び前記甲第四号証の一、二によつて認められる訴外岡山敏行の健康並びに勤務状況並びに前記3、記載の本件事故において訴外岡山敏行に重大な過失が存した事実を併せ考えると原告等の精神的苦痛に対しては各自金五万円の慰藉を以て相当と認める。

7、よつて原告等は各自右5、6、の合計金十八万二千九百二十三円及び之に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること記録により顕著な昭和三十一年七月二十七日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を被告に対し請求し得るべきである。されば原告等の請求は右の範囲で正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第百九十六条を各適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 田中永司)

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